「家事休損(かじきゅうそん)」という言葉は、一般の方にはあまりなじみがないかもしれません。
交通事故の被害に遭った場合、治療費、慰謝料や車の修理費などに加え、仕事を休んだことによる「休業損害」を請求できることは、広く知られています。
では、主婦(主夫)のように「現実の収入がない」立場の方が、事故によって家事ができなくなった場合、その損害はどのように扱われるのでしょうか?
実は、そのような場合でも補償が認められる制度が「家事休損」です。
家事休損は、専業主婦(主夫)や兼業主婦(主夫)の方にとって、重要な補償項目といえます。
本記事では、交通事故(被害者側)の賠償請求に豊富な解決実績を有する弁護士が、≪家事休損とは?その法的根拠と誰が対象となるのか≫・≪基本的な計算式≫、そして≪実務上の注意点≫などを、分かりやすく解説します。 もくじ
家事休損とは?主婦(主夫)にも認められる休業損害 |
「家事休損」とは、交通事故による怪我を負ったことで、掃除・洗濯・炊事・育児といった家事全般を行えなくなったことによる休業損害を意味します。
多くの方は、「休業損害=仕事を休んで給与等が減ったことによる損害」と考えるかもしれません。例えば、会社員であれば給与、個人事業主(フリーランス)であれば収入の減少が対象です。
専業主婦(主夫)の場合、表向きの「収入」は存在しません。しかし、家事は無償であっても生活に不可欠な労働であり、経済的価値を有すると評価されています。
たとえば、家事を外部委託する場合には、家事代行サービスやベビーシッターの利用料金が発生します。しかし、主婦(主夫)が家族のために日常の家事を行っていれば、家事代行などの利用代金を支払う必要がありません。
このように外部に家事を依頼すれば費用が発生するけれど、主婦(主夫)が家事を日常的に行うことで、本来発生する費用を無償でまかなっているため、主婦(主夫)の家事労働には金銭換算が可能な経済的価値があると説明できるのです。
したがって、経済的な価値を有する家事労働が、交通事故による怪我が原因で行うことができなかった場合、「実際の収入がなくても、損害が生じている」といえ、休業損害として補償を求めることが可能となります。
いわば、家事休損は「見えない仕事に対する正当な評価を与える考え方」と言い換えることができます。
なぜ補償されるのか?家事休損の法的根拠と判例 |
家事休損は、次の民法の規定に基づいて請求が行われます。
<民法709条(不法行為に基づく損害賠償)> |
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 |
もっとも、この条文には「家事休損」という言葉自体は明示されていません。
そこで重要となるのが、次の最高裁判所の判例です。
<最高裁判所第三小法廷昭和50年7月8日判決(集民第115号257頁)の概要> |
家事労働は財産上の利益を生ずるものであり、これを金銭的に評価することが不可能とはいえないことから、交通事故による負傷のため家事労働が出来なかった期間は、財産上の損害を被ったものといえる。 |
このように、最高裁判所は、交通事故による怪我のため家事が出来なかった場合、財産上の損害、つまり休業損害が請求できると判断しています。
この判断は、現在の損害賠償請求の実務上、確立したものとなります。
以上までのとおり、家事休損の請求は、交通事故の被害に遭われた主婦・主夫の方にとって、正当な権利ということができるのです。
誰が対象?家事休損が請求できるための条件 |
家事休損は、以下のような方で認められる可能性があります。
① 専業主婦(主夫) |
最も典型的なケースです。
日常的に家族のため家事を担当していた場合、現実の収入がなくても、事故により家事ができなかった期間について、休業損害として家事休損の補償が認められます。
② 兼業主婦(主夫) |
アルバイトやパートなどの就労と家事を両立している方も請求可能です。
ただし、
現実の収入額 と 家事労働の経済的価値(女性労働者の平均賃金) |
のいずれか高い方のみが採用されます。
そのため、現実の収入額と家事労働の価値を合算して、休業損害の額が算定されるわけではありません。
また、家事労働の経済的価値(女性労働者の平均賃金)よりも現実の収入の方が高い場合、家事労働は「ゼロ」と評価されます。
この場合には、アルバイトなどの現実就労について、休業の収入減少がある場合、減収分の休業損害を請求することとなります。
③ 一人暮らしの方は対象外 |
家事休損は、「家族など他人のために家事をしている」方が対象です。
したがって、一人暮らしなど「自分のための家事」の場合は、家事休損の対象外となります。
(以上までにつき、『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準上巻(基準編)』2025年版-97頁,『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準下巻(講演録)』2003年版「家事労働の逸失利益性」(いずれも公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編))。
家事休損の計算方法 |
家事休損は、「現実の収入がない家事労働に対し、どのような金銭的な価値を認めるのか」という点がポイントです。
この問題を解消するため、計算方法としては、大きく分けると2つの基準があります。
① 自賠責基準 |
家事休損の額を1日当たり6100円(※2020年4月1日以降に発生した交通事故)とする基準です(自動車損害賠償責任保険の保険金及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)。
しかし、これはあくまで最低限の補償を目的とした基準であり、被害の実態に比べて過少な金額となることも少なくありません。
② 裁判(弁護士)基準 |
家事休損の1日当たりの金額を算定する際に賃金センサス(厚生労働省が実施する「賃金構造基本統計調査」の結果)を用いて、家事の経済的な価値を算出する基準です。
この賃金センサスは、第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計・女性労働者の全年齢平均の賃金額(以下「賃金センサス」といいます。)を用いて算定されます。賃金センサスは、前年の統計調査の結果が毎年3月中旬頃に公表されます。
家事休損の算定では、原則として、交通事故の被害に遭われた年の賃金センサスが採用されます。
例として、直近の賃金センサスを見ると、
令和6年版の賃金センサス | 419万4400円 |
令和5年版の賃金センサス | 399万6500円 |
令和4年版の賃金センサス | 394万3500円 |
とされています。
そのうえで、1日当たりの家事の経済的な価値を算定する際は、交通事故の被害に遭われた年の賃金センサスの額を365日で割って算定を行います。
その結果、
令和6年の場合 | 419万4400円÷365日 ≒約1万1491円 |
令和5年の場合 | 399万6500円÷365日 ≒約1万0949円 |
令和4年の場合 | 394万3500円÷365日 ≒約1万0804円 |
と算定されることとなります。
したがって、裁判(弁護士)基準の場合には、家事休損の1日当たりの金額は、1万円を超える計算となります。
このように、①自賠責基準における経済的価値6100円と②裁判(弁護士基準)における経済的価値である約1万円を比較すると、後者の方が高いことがお分かりかと思います。
したがって、主婦(主夫)の方が交通事故の被害に遭われた場合には、家事休損を適正に評価してもらうためにも、弁護士にご相談されるのが望ましいといえるでしょう。
基本的な計算式 |
では、家事休損の額は具体的にどのように算定されるのでしょうか。
原則として、次のような計算式を用いて算定されます。
【計算式】家事休損額 = ㋐基礎収入額 × ㋑家事に対する支障の程度 × ㋒休業日数 |
㋐ 基礎収入額 |
この点は、前述の【家事休損の計算方法】で解説したとおり、裁判(弁護士)基準の場合、原則として、交通事故の被害に遭われた年の賃金センサスを用いて算定されます。賃金センサスの額を365日で割ったうえで日額が算定されます。
㋑ 家事に対する支障の程度 |
家事への支障の度合いをパーセンテージ(%)で評価します。例えば、入院していた期間は、家事を行うことはできませんので、支障の程度を100%とするのが通常です。
問題となりやすいのが、通院のための期間です。この期間は、明確な基準はありませんが、具体的な症状に応じて、個別判断が行われます。
㋒ 休業日数 |
家事休損の請求可能な期間は、「事故による負傷日〜治療の終了日(完治または症状固定日)まで」です。
なお、治療の終了日に後遺症が存在している場合、それ以降の家事への支障は、家事休損としてでなく、後遺障害が認定された場合の損害費目である「逸失利益」として補償されるかが問題となります。
休業日数は、会社員の場合ですと、お勤め先が作成する「休業損害証明書」に基づいて、休業した日数を把握することができます。
しかし、家事休損は、会社員の休業損害とは異なり、「家庭内での出来事」という特殊性から、休業した日数が必ずしも明確ではありません。
入院期間中の家事の支障は、前述のとおり、100%と算定されることが多く、また入院日数も病院作成の「診断書」や「診療報酬明細書」などから把握できます。
一方、通院のための期間は、治療により病状が回復することで、家事で出来ることが徐々に増えていく(=家事に対する支障が徐々に減っていく)という実態があるため、問題となりやすいです。
具体的な症状も踏まえて、事故直後の1か月間は100%、2か月目は60%、3か月目は20%というように、家事に対する支障が徐々に減っていく形で判断されることになります。
実務上の注意点 |
① 主婦・主夫であることの証明 |
「家事を実施していたか。」ということは、家庭内での問題です。そのため、家庭外の第三者に直接証明することは困難です。
肌感覚としては、女性の場合は主婦であることは認められやすいですが、男性の場合には相応の準備が必要です。
男性の家事休損が認められた解決事例は、「こちら」をご覧ください。 |
家族構成が分かる「住民票」、また主婦(主夫)や配偶者も含めた「源泉徴収票」や「(非)課税証明書」、場合によっては「陳述書」などを用いて、誰が家庭内の家事を行っていたかを証明します。陳述書を作成する際には、料理・洗濯・育児などの日常的な役割分担を具体的に記載できると有用です。
② 家事の支障の程度 |
前述したとおり、通院のための期間について、家事に対する支障の程度は、症状の程度を踏まえて個別判断がされます。
そのため、家事に対する支障がどの程度あったのか証拠を確保するという意味において、通院先の医師に作成してもらう診断書に家事への支障を明記してもらうことが大切です。
たとえば、「〇〇という動作が困難」・「✕✕という家事動作に支障」などの具体的な記載があれば、証拠として有益です。また、弁護士に依頼している場合には、弁護士を通じて、医療照会や医師面談を行うことも有効です。
③ 保険会社との交渉では慎重に対応 |
家事休損は、保険会社から過小評価されたり否定されたりすることがあります。
そのため、保険会社と連絡をする際には、事故の影響や家事への支障の具体性を丁寧に説明する必要があります。
まとめ
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交通事故によって家事ができなくなった場合、たとえ現実に収入がなかったとしても、「家事休損」として休業損害を請求できる可能性があります。
家事は、家庭内における無償の労働ですが、外部委託をすれば費用が発生するように「経済的価値」をもつ行為です。
そのため、事故によって家事ができなくなった場合、最高裁判所の判例でも明確に認められているとおり、「財産的損害」として評価されます。
以下の方には、家事休損が認められる可能性があります。
〇専業主婦(主夫)として家事を担っていた方 |
〇パート・アルバイト等と家事を両立していた兼業主婦(主夫) |
〇その他、家族のために日常的な家事を行っていた方 |
一方、家事休損を請求するためには、以下のような点を立証しなければなりません。
①実際に家事を行っていたこと(家族構成、陳述書、課税証明等) |
②事故によって家事に支障が出たこと(診断書等) |
➂支障の程度と期間(入院・通院状況など) |
保険会社は、家事休損の請求に否定的な姿勢を取ることも少なくありません。
そのため、事故と家事の支障との関係をどう説明するか、適正な金額をどう主張するかが非常に重要になります。
こうした “見えにくい損害”こそ、専門的な視点と実務経験をもつ弁護士の関与が効果を発揮します。
【交通事故の解決実績が豊富な弁護士に相談するメリット】 |
・生活状況を踏まえて「家事休損」を請求できるか判断してもらえる |
・医師への診断依頼や証拠書類の整備がスムーズにできる |
・保険会社との交渉を任せられ、不利な提示を回避しやすくなる |
・自賠責基準ではなく「裁判基準」での正当な補償が見込める |
その他、交通事故被害に関して弁護士に依頼するメリット等については、「交通事故の被害に遭ったら...。弁護士に相談すると何が変わるの?」もご覧ください。 |
家事は、家族の生活を守るために欠かせない“日々の営み”です。
事故によりその大切な役割を果たせなくなったとき、その損失を軽く見過ごしてよいものではありません。
事故の被害を受けた方が真に適正な補償を受けられるように。家事休損という制度を正しく理解し、必要に応じて弁護士の力を借りながら、納得のいく賠償を目指しましょう。
「本当に請求できるのか不安」という方は、まずは一度、交通事故の損害賠償に詳しい湊第一法律事務所へご相談ください。
投稿日:2025年7月31日
更新日:2025年8月19日
【この記事の監修弁護士】
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弁護士 國田 修平 依頼者と「協働する姿勢」と、法律用語を平易に伝える対話力に定評がある弁護士。 |
<略歴>
愛媛県出身。明治大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院法務研究科(既習者コース)を修了後、司法試験に合格。
全国展開の弁護士法人に入社し、2年目には当時最年少で所長弁護士に就任。その後、関東に拠点を移し、パートナー弁護士として、組織運営や危機管理対応、事務局教育などに携わる。労働法務・社内規程整備などの企業法務から、交通事故・相続・離婚・労働事件といった個人の法律問題まで幅広く対応。中でも、交通事故(被害者側)の損害賠償請求分野では、850件の解決実績を有する。
弁護士業務の傍ら、母校・明治大学法学部で司法試験予備試験対策講座の講師も務め、次世代を担う法曹育成にも力を注いでいる。
<主な取扱分野>
・企業法務全般(契約書作成・社内規程整備・法律顧問など)
・債権回収
・交通事故などの損害賠償請求事件
・労働事件(労使双方)